青山テルマ どん底時代がヤバい!大ヒット後もボロアパートだった?

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青山テルマ どん底が注目されていますね。

青山テルマさんがエッセイで語った

どん底時代が衝撃的だと話題になっています。

どういうことなのか詳しく調べてみたいと思います。

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青山テルマ どん底時代がヤバい!大ヒット後もボロアパートだった?

青山テルマさんと言えば「そばにいるね」が大ヒットして

若くして人気歌手の仲間入りを果たしたと思っていました。

どん底時代を味わっていたとは想像もしていなかったでした。

 

メジャーデビューを果たすと、わずか3ヵ月で「そばにいるね」メガヒットに恵まれる。突如大勢のスタッフに囲まれるようになり、楽屋には豪華なケータリングが並び、ヘリコプターで移動したこともあったそうだ。

しかし、当時住んでいたのは築100年のボロアパート、通っていた大学では毎日盗撮されるようになり、それを避けるためにトイレでおにぎりを食べる日々だった。華々しいステージとは裏腹、私生活は孤独だったという。さらに猛烈なインパクトとともに植え付けられた世間からのイメージにも悩まされた。

「『そばにいるね』がバラードなので、ちょっとおしとやかで大人っぽいイメージが先行して強かったと思うんです。でも、基本的に私はすごくポジティブで明るい性格だし、笑うことが好きなタイプなので、そのギャップは大きかったかもしれないです」と、イメージを壊しちゃいけない、というプレッシャーとも常に隣り合わせだった当時を振り返る。

元々踊ることが好きで、アップテンポの曲もシングルで歌いたいという気持ちがあったというが、それを口に出すことはなかった。「まだ20歳で業界のことをあまり知らないですし、自分の意見に自信もなかったし、周りの大人に頼ることが自分の中で正解だと思っていました。ずっと背伸びしている感覚はありました

 

まさか「そばにいるね」が大ヒットした後も

ボロアパートに住んでいたとは驚きですね。

100年前と言えば昭和より前の大正時代です。

若しくはそれよりも前の明治時代になる訳です。

その時期に建てられたと考えられる築100年のボロアパートとは

一体どんなアパートだったのでしょうね?

 

ですが、青山テルマさんが味わった本当のどん底はこの後からの様です。

 

そうして本当にやりたいことも表現できず、世間のイメージや周囲の意見に振り回される時期が続いたものの、「そばにいるね」以降再びヒットが訪れることはなかった周りに大勢いたスタッフや友人もどんどん減っていったという。すると、テルマの心身に変化が起きる

街ですれ違う人には「笑われているんじゃないか」、電車に乗れば「売れなくなったから電車かよという目で見られている」などという被害妄想が止まらなくなったのだ。人混みを避けるようになり、テレビの中で活躍するミュージシャンに嫉妬し、仕事が減っても友達には忙しいふりをして、とにかくネガティブ思考で人間自体が嫌いになった。

それでも歌詞を書くことを辞めなかった。医者に「休め」と言われても休むことが怖かった。立ち止まったら自分が消える気がした。この時も、誰にも見せられなかった弱い自分を音楽にしか託せなかった。悩みを誰にも話せずにもがいた状況が数年続くと、家で電気をつけることすら怖くなり、仕舞いには「死ねよ」「死んだほうが楽だよ」という声が聞こえてくるようになった。

「そばにいるね」が大ヒット以降は

もう一度ヒットする事は出来なかった様です。

一度でもヒットを味わってしまうと、

プライドが生まれてしまって

次も同じ様にと自分を追い詰めていってしまったのかもしれませんね。

 

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青山テルマ どん底を乗り越えたのは

 遂に、テルマは休むことを決意する。「日本にいると考えすぎてしまったり、人と比べてしまったり…。それをやめたいという意味で、雑音から逃げたかったし、自分自身と向き合いたかったというのもあって。なにか自分の自信につながるものを探しに行きたくて、決意しました」悔しい気持ちを抱えながら、26歳で逃げるようにして1人アメリカに飛んだ。

「自分的には一番どん底というか、すごく暗い時だったんですけど、『なんで今の状況が良くないんだろう』って冷静に自分と向き合ってみたんです。そしたら、『他人のせいにしてしまっているなあ』『全部、自分のせいだ』って客観的に思うことができて、それですごく楽になったんです。自分に自信がなかったり、努力をしていない時こそ、周りがよく見えてしまったり、人のせいにしてしまう。でも結果、自分自身しか自分を変えられないんですよね」

環境を変えることで、他人に向けていたエネルギーを自分に向け、自分に注目することができたことが大きかったという。「環境を変えられなければ習慣を一つ変えてみる。例えば、朝起きて携帯を見るのをやめる。いつもだったら、あまり気が合わない友達と無理して遊んでいるけど、その人たちと一歩距離を置いて、自分が本当に気の合う人と会ってみる。偏った食生活をしていたら、いろんなものを食べてみるとか。一つ何かを変えることで、いろんなことがいろんな見え方をしてきたりするので」

自分を変える一歩として、「無駄なプライドを捨てることで本当の自分らしさに出会え」と語るテルマ。「まずは、“決めつけ”を取っ払うことですね。例えば『早寝早起きをする人はいい人間だ』とか『こうしなきゃ』とか、自分が生きている中で自然と決めつけてしまっている物事があって。それが逆に、自分の良さを殺してしまう時があると思うんです」と、作られたイメージと闘ってきたからこそ語れる彼女の言葉には説得力がある。

「他人から見て『こうあるべき』ということよりも、自分が『どうなりたいか』、『どうしたいか』の方がきっと重要で、前向きな考えになるんじゃないかなって。人に対しても、『こうじゃないといけない』という否定から入らないことですね」

一度、リフレッシュする事で

青山テルマさんは本来の自分を取り戻せた様です。

常にヒットしないといけない音楽の世界

時には休む事も必要なのでしょうね。

 

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青山テルマ どん底についてネットの反応

ネットの声を集めてみました

キャラ変は間違いなく大失敗。
性格の悪さだけが目立っただけで…

 

築100年のボロアパートは嘘だろ。
豪邸や欧州の城なら、まだ分かるが
アパートのような作りの建物は、100年も持たない。
築40年や50年でも、相当にボロいのに
100年は盛り過ぎ。

 

あの時キャラを演じるのが苦しかったみたいに後々言う芸能人めちゃくちゃ多いけど、こっちに言われても困るよ。頼んでもないのに売れたくて勝手にやっといて苦しいとか、知らんがなとしか言いようがないし、同時に当時一生懸命応援してくれたファンの気持ちは簡単に踏みにじってることには全く配慮がないのね。自分らしく★ってそういうことなのか?といつも思う。

 

もう完全にパーティーピーポーな感じになったよね。
もちろん素の自分を押し殺してまで活動する事はないけど、あの曲は名曲だしやっぱり歌うまいし、過度なイメチェンはファンには衝撃的すぎます。パリピな風貌であの曲を歌ってもさ・・・。
あの歌声は無駄にしないで頑張って欲しい。

 

>『なんで今の状況が良くないんだろう』って冷静に自分と向き合ってみたんです。そしたら、『他人のせいにしてしまっているなあ』『全部、自分のせいだ』って客観的に思うことができて、

これができる人はすばらしい

 

歌手が歌手として人生を終えることは幸せなことだけど至難の時代なんだろうな。しかしどんなに売れた過去があっても歌うのが好きな人は小さなホールでも歌うことを感謝しながら歌っている。そんな歌手はいっぱいいる。今は注目されなくなっても歌っているのが楽しんでるとこちらが感じれば自分も楽しくなる。歌うことを有名になるためのステップとしか考えてない人は見透かされるし応援もできない。バラエティにいくのも否定しないが本気かどうか視聴者は見抜くんでね。

 

(築100年のアパート)って所が気になって他の情報がどうでも良くなった。

築100年。
住みたくないけど内装とか見てみてえ!

 

売れたら売れたでそうゆう苦労があるんだな

確かにあのときはおしとやかなイメージだった
芸能界はやっぱりイメージ商売なんだな

良くも悪くもチャンスは多いよな

 

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青山テルマ どん底のまとめ

以上、青山テルマ どん底について調べてみました。

 

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